言葉で世界は変えられる。

見てくれた人に何か考えてもらえたら。

泣く。

人は涙を流して泣くことが出来る。

悲しい時、嬉しい時、苦しい時、辛い時、感動した時。

人が涙を流すのには、絶対何かしらの理由がある。

理由のない涙はない。

その理由があるから、人は泣くことが出来る。

世の中には色々なストレス解消法がある。

人が一番ストレスを解消できる方法は、涙を流すことである。

ストレスが溜まりに溜まった時は、一度泣いてみよう。

泣くことで自分は救われる。

人は最初に持って生まれたものは涙だ。

それが一番の手段だと生まれた時の赤ちゃんは、本能的に知っている。

だから、赤ちゃんはひたすらに泣くのだ。

それが成長するにつれて、様々な経験から違うことでストレスを解消しようとする。

大人になるにつれて、泣くことが少なくなるのはそのせいだ。

更に、大人は人前で泣くことを恥ずかしがる。

年を取ると、ある一定の時期までなかなか涙を流さない。

その時期を超えると逆に涙を流しやすくなる。

それは涙を流すことぐらいしか、ストレスを解消する方法が取れなくなる時だ。

人は最終的に気付く。

泣くことがどれだけ自分の心にゆとりができるようになるのか。

泣くとスッキリするのは、経験すれば誰もが分かるだろう。

泣くとスッキリ寝れる経験もあるだろう。

泣け。

どんな時も泣くに越したことはない。

見方。

世の中に情報ってのは数えきれないほどある。

その情報が嘘か本当かなんて分からない。

人によってその情報の意味も変わってくる。

その情報をどう見るかは見方によって変わってくる。

だから、自分なりの見方ってのが必要になってくる。

他人の見方が正しいとは限らない。

自分の見方が間違っていても、それは自分のせいだろう。

それに関しては自分の未熟さを恨むしかない。

他人の見方に操られるな。

自分なりの見方を持つことこそが大切で、不可欠なことだ。

沢山の情報を一つ一つ自分の見方で対処して、自分の中に取り入れていかないといけない。

その情報と自分の見方を照らし合わせることで、真相ってのは分かる。

自分なりの見方を持つためには色々な人の見方を参考にしよう。

参考にして、削ぎ落して、質の高い見方に自分を育てていこう。

見方が変われば、自分の前に広がる景色も変わってくる。

昨日まで見れなかったことも、その目の先の景色に移ってくる。

見方で自分の人生はどんな方向にでも変われる。 

いつも以上。

いつも以上に頑張れない自分は否定したい。

毎日頑張っている自分に問いかける。

それで頑張っているつもりか。

そんなんで自分は努力していますって言えるのか。

自分だけは頑張っているなんて、勘違いも甚だしい。

他のみんなの方が頑張っている。

自分の頑張りなんて大した事やってない。

他の人の頑張りは認めることが大切だ。

自分の頑張りは他人に認められるまで、自分で勝手に認めようとするな。

自分を正当化しようなんて考えるな。

自分は人一倍努力しないと周りに追いつけない。

常にそういう気持ちで頑張れ。

いつも以上に頑張れる人ってのは、いつもはサボってるってことだ。

いつも以上ってのは一番難しいことである。

いつも以上が出来ないぐらい、いつも努力しないとダメだ。

頑張れ。

取り敢えず今以上に頑張れ。

それが出来てから考えろ。

頑張りもしないのに考えだけが先行しても意味ない。

頑張れ。

体には気を付けて。

間に合う。

人は時間が迫ってくると急ぐ。

人は間に合わせようと必死になって急ぐ。

急ぐということは、自分が始めるのが遅かったから。

じゃあ急がないようにするにはどうすればいいのか。

そんなものは簡単だろう。

間に合うように始めればいい。

簡単なことだ。

でも、人は完璧には出来てない。

だから、人は遅刻する。

遅刻せずとも時間ぎりぎりになり、人は急いでしまう。

急ぐ前に間に合うように始めろってのは、この世で一番口に出すだけなら簡単な言葉だろう。

それが出来たら苦労はしない。

でも、心掛けることは誰にでも出来るだろう。

急ぐ自分を自分は見たくないだろう。

間に合うように始めよう。

おやすみ。おはよう。

合図。

合図ってのはタイミングだ。

競技をする時ってのは、合図を出すのは周りの人だ。

スタートの合図も他人に委ねられている。

それから、合図ってのは他人に常に委ねられるものだと思いがちかもしれない。

スタートの合図は他人がやってくれる。

自分でするスタートの合図はいつだ。

自分のタイミングでスタートする。

人に委ねられる合図も、最終的な判断は自分の合図だ。

人が合図したら動くのか。

自分が合図してから動かないとそれは最早誰かの操り人形ってやつだ。

委ねるべきでない時に人に合図を渡すな。

自分で自分の合図する瞬間を見極めて動き出す。

それが自分なりのスタートを切る為に必要なことだ。

タイミングを見失うな。

その一瞬か、一時か。

合図は常に自分の心の内でなっている。

それに気付けたら、後はもう簡単だ。

飛び込め。

それでスタートが切れる。

その先には必ず自分の道が存在している。

不満。

今あなたは何か不満がありますか。

ほとんどの人が何かしらの不満があるだろう。

仕事に対して、友達関係に対して、今の社会に対して、今の生活に対して。

それぞれ何かしらの不満があるかもしれない。

不満があるのは悪いことではない。

その今の現状に満足していないから、不満が出てくる。

満足してしまったら、成長は止まってしまうなんて言う人もいる。

本当にそういうものなんだと思う。

不満があるってことは、それ以上に良い方向へ行こうとしている自分の意志だ。

より良い方へそれがもしも、身勝手な自己満足でない限り、周りはそれを応援しようとしている。

もしも、それが自分の勝手な不満だと周りは逆流する。

常に自分も周りもプラスになる不満を持とう。

それが周りの人に伝わって不満がたまり、いずれ爆発する。

それが流れを変えれる瞬間だ。

それを掴めば、人はより活き活きと生きていける。

良い不満を持つことがまず大切だ。

現状で止まらず、先を見て満足せずに成長していこう。

何かしようと。

何かしようと思う。

今の時代、何が起こるか分からない。

明らかに時代を重ねるにつれ、自分たちで何かしようという意志は増えてくる。

何かしようとする人は多くいる。

でも、その中で何か出来るって人はほとんどいないのではないか。

何か自分でしようとまでは、多くの人が思うのではないか。

そこから、いざやるってなると動ける人は極端に少なくなる。

そこに飛び込めるかで、その意志の強さが分かる。

何かしようってなんだ。

何をすればいい。

どんなことが自分には合っているか。

大人は一度社会経験をしてから考えた方がいいと言う。

その言い分も確かに分かる。

どんな小さなことでも、行動するってのは難しい。

それが多人数になればなるほど余計に。

一度働くってことを体験してからでも遅くはないと言う。

それでも、誰が何と言おうともそれは遅いと思う。

人の限られた時間の中にそれに時間をとる猶予はない。

社会経験ってのは、ようは堕落の仕方だ。

何かしようとしてるまではいい。

何か出来るってなった時、考え込んで返答出来ないのは何もしようとしてないのと一緒。

人の意志ってのは、大抵ぐらぐら揺らいでいる。

その中で自分の中心に何か持っている人だけが何か出来る人だ。

そこに踏み込めるのは自分の足でしか無理だ。

自分の足はどうだ。

どっちの方向に向いてる。

真っ直ぐ前を向いているか、横に向いているか。

一度下を見て確認してみよう。