言葉で世界は変えられる。

見てくれた人に何か考えてもらえたら。

もう一度。

もう一度チャンスをください。

一度の失敗で人のチャンスを奪わないでください。

一度ミスをした人を見捨てないでください。

もう一度やり直させてください。

次は成功するかもしれません。

次こそは成功させて見せます。

失敗を次の成功へ結びつけます。

行けとサインが出れば、いつでも行けます。

一回のマイナスを取り戻すほどのプラスを見せます。

もう一度様子を見てください。

失敗しても逃げずに、次のチャンスを。

もう一度だけチャンスを。

これで終われるはずがないだろう。

次こそはやってやる。

そういう野心を持った人の希望は潰してはいけない。

チャンスを欲している人がいるのであれば、目の前にチャンスを投げてやれ。

それでもダメなら首を切ればいい。

それからでも遅くはない。

何かしたい。

何かしたいって。

何かしたいと人は言う。

何かってところの何かが重要なんだ。

何かじゃ何も分からないだろ。

その何かが分からない内は何も出来ない。

何をしようにも、何かが分かっていないと何もしようがない。

その何かを見つける為に何が必要なのか。

何もない自分の中で、何かを見つけるのは難しい。

何を考えても、何も行動しなかったら一緒だ。

何ってとても便利な言葉で、どんな風にも捉えられる。

何かがしたいと思ったとき、何もない自分に苛立つ。

何を目指すにも、何かを始めないことには始まらない。

何かにはどんな言葉でも入る。

何でもいいんだ。

その何でもが難しいけど、何でもいいからはめてみよう。

それにしっくりくるか、来ないかは自分の何か次第だ。

手を焼く。

人は何かしらに手を焼きながら頑張っている。

仕事であったり、子育てだったり、学校のテストであったり。

人は目まぐるしく動く環境の中で生きている。

手を焼かずに、上手いこと一つ一つを処理できるならいい。

でも、大抵の人は、そのやることの多さに手こずったりする。

時には上手くいかずに、時間を滞らせることもあるだろう。

それだけ人は頑張っているんだ。

自分の力を精一杯引き出して、目の前の現状に立ち向かう。

それでも、面倒なことってのは起きてくる。

それに手を焼きながらも、先を見据えている。

これが終わったらあれだとか色々考えながら動いている。

手を焼くのはしょうがない。

それだけ周りはあなたを頼っている。

それにどういう意識で取り組むか。

手を焼かすなと思うか、自分がしないとと思うか。

ほとんどが前者の考えを持つだろう。

人はどうしようもなく他人に手を焼く。

その分、自分も周りに手を煩わせているのかもしれない。

自立なんてのは、考え方によっては一生なくて。

手を焼かせないなんて、山奥で一人でいるぐらいじゃないと。

それにしても、もしもその人に連絡を取る必要があったときは、どっちにしろ手を焼くが。

手を焼かれたり、焼いたりするのは、もうしょうがないことなんだ。

割り切るしかない。

割り切らないと、人の頭なんてすぐに爆発してしまう。

表情。

表情に出る。

自分にとって嬉しいことがあったら、顔にその嬉しさが出る。

自分にとって悲しいことがあったら、顔にその悲しさが出る。

嬉しい表情ってのは、見ても周りもいい気分になれる。

悲しい表情ってのは、周りが見てもいい気分にはならない。

相手の表情を読み取るってのは、とても大切なスキルだ。

相手の顔色を窺えってことではない。

その顔色を読み取って最善を尽くす。

相手の顔色に怯えて、当たり障りないようなことをするのは違う。

表情ってのは大切な情報だ。

だから、相手に情報を与えたくない時は、表情を隠せ。

相手の情報が一番詰まってるのは表情だ。

それを上手く読み取っていけさすれば、人付き合いで失敗はしない。

ひたすら、ペコペコしていけばいいってわけじゃない。

そんなものは相手の表情を見なくても出来る。

表情は全ての情報だ。

人の心を掴むには表情が必要だ。

その場に応じた表情を見せよう。

今をって。

今を大切にしろって言われる。

そんなこと出来ない。

何でそんなことに気付かないのか。

今を生きるってどれだけ難しいことか分かっているのか。

今って本当に一瞬しかない。

その一瞬を毎回大切にしていたら、疲労で明日には死ねる。

今、何かしている、大事なこと大切なことをしている実感を大切にしろって。

そういうのは、意識して大切にするんじゃなくて、後からあの時間は大切だったなって思うんだ。

この時間を大切にしたいって思う人もいるだろう。

必ず時間には終わりがくる。

ずっとこのままなんてありえない。

だからこそ、今という言葉の時間を人は大切にしたいのだろう。

でも、根本を言えば、大切にする必要なんてない。

そんなことを意識しないとその時間の大切さは感じられないのか。

そういうことを意識するんじゃなくて、無意識に大切な時間であるような行動をしろ。

気負うな。

自然体で時間を歩けば大体の時間を大切に出来る。

人は自然体でいた方が力を発揮できる。

その思い出も一緒だ。

何をこだわる必要はない。

何があろうと。

何があろうと続けていく。

それぐらいの覚悟があるものはあるか。

僕にはない。

そんな覚悟を持って何かに取り組んだことはない。

でも、そういう覚悟を持って、何かに取り組んでいる人には憧れる。

そういう人を目指したい。

覚悟って言葉は格好いい。

それにどれだけの意味があるかは人それぞれかもしれない。

でも、その言葉はあまり日常では使わない。

覚悟なんて言うと周りの人に笑われる。

そんな真面目になんなって。

自分の心の中でしか使えない言葉だ。

でも、声を大にして、自分の覚悟を言いたい。

それに本当の意味がある人は少ない。

自分のやりたいこと、理想としていることを淡々と掲げる政治家は多い。

その覚悟を審査するのは、他の人だ。

相手に響かない覚悟なんて、ただの戯言だ。

覚悟ってのはこの世で一番重い。

それを軽々しく使うのは違う。

もっと選べ。

そして、覚悟を決めろ。

覚悟を持てば、胸を張れる。